浦原 | ナノ
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▼ 過去編5

わたしの斬魄刀の能力は、戦闘に特化したものではない。どちらかというと幻術の類であるし、肝心の戦闘面についてはその能力で誤魔化しながらわたしの斬術でなんとかしなければならないものである。そしてわたしは霊術院時代、斬術の成績がすこぶる悪かった。鬼道の成績は縛道、回道は上位だったものの、破道は並。白打も得意ではない。その為、護廷十三隊に入隊する際、声がかかったのは四番隊だけだった。卯ノ花隊長のもとで回道の腕を磨き、始解ができるようになった頃、霊術院時代から親しくしていたひよ里の紹介で曳舟隊長に回道、縛道の腕と、戦闘以外の仕事の処理能力、そして何よりもひよ里の世話係としての力を買われて十二番隊に引き抜いていただいた。そこから曳舟隊長に目をかけていただいて八席にまで昇進し、隊長直々にお茶の淹れ方を教わったりしたのだが、わたしの立ち位置は死神になった当初と変わらず、完全に隊舎に缶詰、もしくは後方支援担当であるのだ。

「涅三席、流魂街の十二番隊の担当区域から虚の討伐依頼が届いておりますのでご対応をお願いできますでしょうか」

「何故私がそんなことに時間を割かねばならないのかネ」

「副隊長は非番、隊長は二番隊隊長からの呼び出しで不在です。至急の依頼とのことなので三席に指示を仰いでいるのですが」

赤い文字で至急、と書かれた依頼書を涅三席に差し出すと、フン、と鼻を鳴らして目を通し、わたしを指差して平隊士数人を連れて討伐してくるように、と目をギョロリと動かして告げる。浦原隊長に対抗心を抱いているらしい涅三席が何かと浦原隊長に構われているわたしを気に食わないのはわかっているけれど、わたしの立ち位置はこの人も理解しているはずだ。思わず眉を顰める。

「オマエが指示を出せと言うからそうしたのだが、何か不満でもあるのかネ?」

腹立たしさ天元突破の三席の顔を見て、言いたいことを全て飲み込んで、承りました、と返事をする。わたしだって虚討伐に全く出ていないわけではない。ただ、他にひよ里や席官クラスの戦闘要員が同行している状況で、に限られているため、平隊士を率いる立場で虚討伐なんて、不安がないと言えばうそになる。だけどこうなったら涅三席は意見を変えないだろうし、至急と書かれている以上、四楓院隊長とどこかに出かけている浦原隊長を待つ時間も、探す時間だってない。すぐに数人の平隊士に声をかけて、普段は携帯していない自分の斬魄刀を腰に差した。

「みょうじ八席、準備できました」

「……わかりました」

隊士たちを引き連れて依頼のあった西流魂街へと繰り出す。何も、なければいいけれど。そんなわたしの不安は、残念なことに見事に的中してしまうことになる。

 * * *

あまり治安のよくない地域だから、虚の姿が見えなくても気を張っているように隊士に伝えて、虚の気配を探る。町外れの森に出現していると記載されていた依頼書の通り、虚の霊圧は森の方から僅かに感じられた。生い茂る木々のせいで陽が差し込まず、視界が悪く、足場もよくない。何があってもすぐ対応できるように刀を抜いて慎重に歩を進めていると、唐突に上がった悲鳴。弾かれるように悲鳴の方に向かって走り出すと、おそらく周辺の住民なのだろう、男性が大量の血を流して倒れていた。そして彼を喰らおうとする、巨大な虚の姿。ちょっと待って、巨大虚だなんて、聞いていない。依頼書には一言も書いていなかったというのに、よりによって、今回。やっぱり涅三席に指示を仰がず、浦原隊長を待つべきだった。ちっ、と舌打ちをする。だから涅三席に行ってもらいたかったのに。連れてきた隊士たちは、巨大虚の姿を目にしてから完全に怯えて、ひ、と喉が引き攣るような声を出している。倒れている男性は、まだ間に合うだろうか。駆け付ける前に、怯えきっていた平隊士がひとり、正面から斬魄刀を振りかざして巨大虚に斬りかかった。きっと恐怖に耐えきれなかったのだろう。でも、それは間違いなく悪手だ。待ちなさい、と止める前に、巨大虚の腕に弾かれ、木にしこたま身体をぶつけて動かなくなってしまった。

「破道の三十一、赤火砲!」

仮面に向けて詠唱破棄した鬼道をぶつけるが、めくらましにしかならない。それでも、意識のない隊士に駆け寄ることくらいはできる。死んではいないけれど、治療しなくては危ない状況だった。

「覆え、霧影」

わたしの刀をひと撫でして、名を呼ぶ。途端に周囲に霧が立ち込め、気味の悪い叫び声を上げる巨大虚は、わたしたちを見失い、顔をきょろきょろと動かして周囲を見渡す。今なら気づかれずに攻撃することが可能ではあるけれど、先程の赤火砲もまともに効いていなかったのだ。普通に斬りかかったところで傷つけるのは難しいだろう。とりあえず、意識のない隊士に回道を施しながら、残りの隊士たちを呼び集める。生命が維持できるレベルまで回復させたら、この人を背負って逃げるように。そしてすぐに応援を呼ぶこと。今はわたしたちを認識できずにいるけれど、攻撃が当たらないわけではないから近づかないように逃げること。倒れた隊士の顔色が少しずつよくなっていくのを見て安心したのか、みんなそれぞれ肯定の返事を返してくる。わたしでは倒せない。でも、逃げるにしても負傷者がいる以上、殿が必要だ。そう考えての判断だったのだが、ようやく応急処置を終えたその時、わたしたちが見つからないために痺れを切らしたらしい巨大虚が、暴れまわり始めた。大きく振り回される腕。咄嗟に隊士たちから離れて巨大虚の前で斬魄刀の発動を解く。詠唱破棄した雷吼砲をぶつけるが、少しひるんだだけでダメージにはならず、真っすぐにわたしに向かって腕が振り下ろされた。ぐ、と思わず目を閉じる。隊士たちは、逃げられるだろうか。浦原隊長の大切な隊士たちなのだ。せめて、彼らだけでも。しかし、いつまでたっても衝撃は訪れず、恐る恐る目を開くと、視界いっぱいの白い羽織がはためいた。

「いやぁ、危なかったっスねぇ」

「う…らはら、隊長」

白い羽織には十二の数字が刻まれていた。わたしの前に立って斬魄刀で巨大虚の腕を受け止めている浦原隊長の後ろ姿にわたしは、どうしようもなく、安心してしまった。

「スイマセン。ひよ里サンが非番の日に長く隊を空けるべきじゃなかった」

啼け、紅姫。浦原隊長が斬魄刀の名前を呼ぶと、赤い刃が巨大虚を切り裂く。一瞬で終わった討伐に、小さく息を吐いた。今回ばかりは本当に死ぬかと思った。平隊士を連れていた手前気を強く保っていたけれど、全て終わってようやく、身体が先程の恐怖を訴えて震え始める。怪我は?と聞かれて首を横に振り、ひとりだけ重傷を負ってしまったこと、応急処置は済んでいることを報告した。そこでようやく、浦原隊長の顔を正面から見つめる。珍しく、僅かに汗をかいていた。軽く息も切らしている。震える手でわたしよりも大分高い位置にある浦原隊長の頬に手を添えた。

「大丈夫、ですか?」

何度か目を瞬かせてから、大きくため息を吐いて、突然浦原隊長がうなだれる。かと思ったら隊士たちに怪我した隊士を至急四番隊に運ぶように指示して、わたしの手を取ってゆっくり歩き出した。

「隊舎に戻ったらなまえサンの姿がなくて、他の人から討伐に出たって聞いて驚きました」

「涅三席にお願いしたんですけど…」

「涅サンには後でよォ〜く言っておきます」

繋いだままになっている手が、気になる。先程までの緊張で手はすっかり冷たくなってしまっているし、震えだって、止まっていない。浦原隊長にだって伝わってしまっているはずなのに、隊長は何も言わずに繋いだままの手に優しく力を入れるだけだった。

「……お役に立てず、申し訳ありません」

わたしにもっと力があれば。隊士に怪我をさせることも、浦原隊長のお手を煩わせることもなかったのに。そうでなくても、最初から断るべきだったのだ。リスクがあることはわかっていた。わたしには、戦いながら平隊士を守れる実力なんてない。粘って涅三席に行ってもらうか、何としても浦原隊長に伝えるべきだった。歩きながら、わたしを横目で見おろして、適材適所ってやつっスよ、と優しく目元を垂らした。

「なまえサンは確かに戦いには向いていないかもしれない。でも、なまえサンにしかできないこと、うちの隊にはたくさんあるじゃないっスか」

少なくともボクひとりじゃひよ里サンの相手はできないっスねェ。ぼやくように呟く声に思わず笑ってしまう。なんだかんだ言って、うまくやっているのはわたしだって知っているのに。くすくすと笑い声を上げるわたしに、浦原隊長が安心したように口元をゆるめた。大きな浦原隊長の手に包まれて、体温がうつったのか、じんわりと熱を取り戻していくわたしの手。震えも、気づけば止まっていた。その後すぐにゆっくりと離れていく手。きっと、震えているのをわかっていたから、そうしてくれたのだろう。さっき駆けつけてくれた時だって、汗をかいていたし、息を切らしていた。隊舎で話を聞いて、すぐに走ってきてくれたのだと、想像に難くない。負傷した隊士の様子を見にいくから先に隊舎に戻っているように、と指示を受けて、ひとりで十二番隊隊舎に向かって歩き出す。しかし、すぐに振り返って、四番隊へと向かう十二の数字を背負った背中を見送った。ようやく、わかった。わたしは、浦原隊長のことが、好きなのだ。気づけば、世界は一気に色づいていく。いつもと同じ隊舎が、鮮やかに見えた。

「生きて戻って来るとは残念だヨ」

隊舎に戻ってすぐに鼻で笑いながら出迎えてくれた涅三席に、一気に気分がどん底まで突き落とされたのだけれど。



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